2019年1月25日金曜日

ゴッホ、シャガールの絵は上手いのか? No.3

ダヴィンチ、ミケランジェロ、そして三人目にラファエロが登場するとルネサンス美術のピークに達するということになるのでしょうか・・・・

ルネサンス美術、つまり、新プラトン主義において究極の美は、純粋美?のようなものを最大限に表現するというような、分かりやすい言葉にすれば、ごく簡単に、美そのものを純粋に追求し続けてその極限を表現する・・・・・

其処に人間性、人間味?というものを付加した・・・そのような美の表現ということなのでしょうか・・・・。








ラファエロ1・・・・・・「牧場の聖母」








ラファエロ2・・・・・・「ヴェールを被った婦人像」



確かに、究極の美という表現としては、多くの評論家や画家が語っているように、ダヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロをもってして、「仕上がってしまった」と云われているのも頷けますね。

つまり、この三人が没して以降に、ラファエロを上回る、あるいはダビンチ以上、そしてミケランジェロを凌ぐということを冠する画家が現れたであろうかと考えてみれば、分かりやすいでしょうね。










ラファエロ3・・・・・・「美しき女庭師」




ラファエロ4・・・・・・・「アテナイの学堂」


・・・・そうなると、やはり、究極の美術表現、純粋美というものは、この時代において、ひとまず完成領域に入ったのではないかと云われている通りでしょうね。



しかし、美術としての表現はこれで決して終わったわけではないのですね。

美の表現は、これ以降、横へと広がっている・・・つまり、美の概念が拡張していくことになると思われているのです。


・・・・・美術の概念、そしてその表現は、進化というものではなく、拡張というもの、次々と新しい領域へと広がっていくことであって、より優れているのではないというのがはっきりとしている点ですね。

・・・・例えば、ダビンチとピカソは、優劣や新旧ではなく、異なった領域、美の概念に存するということなのです。

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